吉川, 忠夫
従来の儒学の権威から解放された魏晋人は、彼らの興味をあらゆる方面にむかって自由に活動させはじめた。「抱朴子」の著者である葛洪 (二八三-三四三) が、その内篇において、神仙の理論と技術をのべているのも、そのひとつのあらわれである。しかし、彼が亡国の末裔として江南に生まれ、そしてまた抱朴子が東晋王朝成立の前夜に書かれたことが、抱朴子のうえに特殊な影をおとしている。筆者は、こうした歴史的存在としての葛洪と抱朴子の内容を密接に関連させながら、抱朴子内外篇を有機的にとらえてみたいと思う。
山口, 孝道
田村, 実造
森下, 章司
藤本, 仁文