本稿は、書論史の立場から、唐代における書論の展開を迹づけようとしたものである。初唐には太宗、虞世南、欧陽詢の書論があり、則天武后期には、李嗣真の「書後品」と、孫過庭の「書譜」が書かれ、さらに遅れて張懐瓘の書論が現われた。いずれも六朝期の書論をうけ継ぎながら、書の本質論、表現論、品評論において、より深い省察が加えられているが、今これを全体として眺めると、典型、調和、中庸を尊ぶという方向において、ほぼ軌を一にしており、それは実作の上で、王羲之の尊重、楷書の完成という現象と緊密に対応している。しかし、このような伝統派の書論は、唐の後半期に入ると、専ら繁瑣な技法を説く伝授口訣の類に陥ってしまった。これに対して、開元・天宝期には、もっと自由奔放な情懐を草書に托して表現しようとする狂草が起ってくる。伝統の束縛に抗しながら、酒興に乗じて狂逸な芸術境をきり開いていった狂草家には、変革期を生きた人間の境涯が露呈されている。