唐の中期、国家財政の膨脹に対処するためにはじめられた塩の専売は、あらまし全国庫収入の20%ほどの専売税収を期待出来た。ここに登場する塩商は、大地主或は富商であり、科差の負担を免除されて居り、更には、自己の院場の課利収入をあげようとする官吏との結合から生じた「虚估」によつて多大の利益をあげ得た。一方、郷村では見銭で塩を購入し得るものは少く、塩価と米価の不均衡という不利な条件の下での博易・賖貸によることが多く、塩価に対する借財から、坦保としての田産・人身が塩商の下に集中し、新しい型の大土地所有 (宋代以後に見られる型の) はこの面からもおしすすめられて行つた。 この過程を追求しようとしたのが本稿の目指すところであり、茶商・借商などの論考は後日を期したい。