元禄竹島渡海禁令の成り立ちや近世における松島(竹島/独島) 利用の実態、渡海者の実体験、地誌・古地図の分析によれば、江戸時代における松島(竹島/独島) は、日本の版図外であった。一方、松島(竹島/独島) も朝鮮領だとする安龍福発言は史実としては認めがたく、朝鮮政府もその発言自体に着目した形跡が全くない。したがって、安龍福発言をもとに、松島(竹島/独島) が朝鮮王朝の版図に含まれていたなどと論じることは不可能である。朝鮮政府にあっても、松島(竹島/独島) は版図外であった。江戸時代日本の西北境界は隠岐諸島であり、朝鮮の東限は鬱陵島であった。両島に挟まれた竹島/独島は、いずれの政府にとっても領有認識の対象外だったのである。