高橋, 巌根タカハシ, イワネTakahashi, Iwane
文化人類学が現在抱えている問題の一つに「民族誌的リアリズム」への疑問がある。近年の議論の流れでは、これを否定し別の方法(とくに解釈学的方法) によっておきかえようとする方向へ傾きつつある。だが、そうした試みが始まったのはそう最近のことでないにもかかわらず、リアリズムの否定は不徹底に終わっている。筆者の主張は、確かにいわゆる「民族誌的リアリズム」を維持し続けることはもはや不可能だが、リアリズムそのものを否定するのではなく、それを少なくとも次の2つの条件と照らし合わせて〈更新〉していくことにある。その二つの条件とは、文化人類学以外のマクロレベルの考察を主とする社会科学に残りつづけている近代主義的枠組みの中での民族誌の位置づけの問題と、リアリズムを肯定しながらその成立根拠を問う「倒錯的戦略」(蓮見重彦) である。