十五世紀のフイレンッエは、伊諸都市との激しい生存競争の内にあつた。かつての繁栄を支えた毛織物工業と金融業が衰退期に入つた今、支配者層は、経済的失地を政治権力でもつてカバーせざるをえなかつた。こうしてメデイチ政権下の商人=政治家層は、益々政治的世界に巻きこまれ、政治人としての性格を濃くしていつたが、他方、文人芸術家仲間も今や私人的観想の内に止まることは許されず、政治的世界への介入を余儀なくされた。だが政治的世界に本来つきものの不安定さは、益々人々に安定の世界を求めさせる。フイチーノのプラトニズムは、このような人々の状況と意識を自己の課題として、そこに一つの解答を提示しようとしたものである。