ヒッタイトでは王族が国家の中枢を占めていた。従来、この国家構造がヒッタイトの歴史上、変わらなかったとする説と中王国時代に改革されたとする説がある。しかし筆者は、変化したのは国家構造ではなく支配の方法であったと考える。古王国時代以来、王室内の権力争いを予防するために、傍系の王族に対して領土が分割されていた。これに加わる形で、中王国時代からは誓約文書によって王族に忠誠を誓わせるという支配方法が実施されたのである。帝国時代の副王制はこの二種類の支配方法が実行されていたことをよく表している。王位継承の見込みのない王子である副王は辺境の国を贈与されて懐柔された一方、王は彼らに誓約文書を作成し忠誠を誓わせていた。さらにヒッタイト王が属国あるいは諸大国の支配者に対しても誓約文書を作成し、王室間の結婚によって自身の姻族にしたことは、この支配方法が属国の支配や外交においても適用されたことを示している。