「忘却」という現象は「記憶」と表裏一体のものでありながら,これまで「記憶」「想起」「歪み」といった諸概念に隠れ,一部の臨床研究や加齢研究,精神分析研究を除くと,体系的に検討されることは少なかった。近年では,忘却の適応的な側面を分類しようと試みる流れがあるものの,個人が忘却をどのようにとらえているかに関する研究は少ない。過去に経験した出来事のうち,どのような出来事を忘れたい,あるいは忘れたくないのかということは個人のアイデンティティと強く関連する。また,意図しない忘却は中年期以降にとって加齢の自覚のきっかけとなっていることから,忘却に関する認識は加齢の問題と強く関連しているといえる。したがって,自己の忘却に関する主観的な評価や信念を明らかにすることは,忘却を含めた適応的な生き方を模索するうえで大きな役割を果たすと考えらえる。本講演では,若齢者と高齢者を対象にこれまで行ってきた,日常記憶における忘却に関する認識と自伝的記憶との関連についての研究結果を報告する。